黄石柱(朝鮮語: 황석주)は、朝鮮氏族の尚州黄氏の始祖である。高麗のときに上柱国を務めた。
先祖は、中国の後漢の官僚の黄洛であり、光武帝の建武4年(28年)に使臣として交阯郡に赴く途中に海上で遭難し新羅に漂着・帰化した。
黄石柱の六代の孫は、李氏朝鮮の文官・政治家・詩人であり、功臣の黄孝源である。
参考
- “상주황씨 尙州黃氏”. 향토문화전자대전. オリジナルの2022年9月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20220920081228/https://terms.naver.com/entry.naver?docId=2614683&cid=51887&categoryId=53561
- 金光林 (2014年). “A Comparison of the Korean and Japanese Approaches to Foreign Family Names” (英語) (PDF). Journal of cultural interaction in East Asia (東アジア文化交渉学会): p. 18. オリジナルの2016年3月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160327222247/http://www.sciea.org/wp-content/uploads/2014/05/03_JIN.pdf



